人生はお尻拭きである
毎日赤ちゃんのお尻を拭いていると、人生とはすなわちお尻拭きなのではないかと感じている。
- 毎日欠かすことのできない大切な作業である
- 機械やAIが代替するには極めて難易度が高い作業であり、少なくとも数年で置き換わることはない
- その割に、世間から評価されることはない
- 金銭をもらうこともない
- なんなら、お尻拭きなんかしたことないと誇らしげに言う人までいる
- 金銭が発生しないので研究開発が行われることもない
お尻拭きに近い性質をもつ仕事も多い。重要だが評価はされない。評価されないのでキャリア形成という意味では最悪である。ゆえに個人主義的な価値観の下では、いかにお尻拭きの仕事を他人に押し付けるかが重要になってくる。
しかし、誰かがお尻拭きをしなければいけないのだ。しなければ不潔になるだけである。AIがすべての業務を代替する、少子化問題はロボットによって解決される、という類のポジショントークを読むたびに、ぼくはお尻拭きのことを考えている。今日も社会は誰かのお尻拭きで成り立っている。