論文-製品化-育児のトリレンマ論
論文-製品化-育児のトリレンマという問題がある。3つのうち2つは達成可能であるが、そのためには1つを犠牲にしなければならないという定理である。
ここでは論文と大雑把に括ったが、論文を執筆する、講演に出る、勉強会で発表するなどの、いわゆるキャリアのための活動全般が含まれる。いわゆる研究者にとって、自分が何をしているのか発表するのは自身のキャリアにおいて重要である。それと、製品化などの社会活動、具体的には、自己実現の達成にはならないものの、実際に製品を仕上げて収益を上げて社会に貢献するといった活動。これを両立するのは、むちゃくちゃむずいけど達成可能だと思う。
むちゃくちゃむずいというのは、そもそも製品化を志向すると論文は書かないほうが大抵の場合良いためである。パフォーマンスが著しく高い競争優位性のある技術を発明したとする。それで収益になりそうなら、普通は秘匿して製品化したほうがよい。当たり前太郎である。Googleは検索アルゴリズムをOSSにはしないし、NVIDIAはCUDAのソースコードを提供するような自殺行為はしない。じゃあなぜ企業が論文を書くのかというと、まあオープン&クローズ戦略だからという話になるのだろうが、それは結構特殊な例であり、大体はクローズ&クローズ戦略を取るべきではと言われると、うーむそうですね💦、となってしまう。
まあとはいえオープン&クローズ戦略の理想を追い詰めていくことにしよう。企業研究者の一つの理想系としては、数年とか十年単位でようやく実用化するようなシード研究を探していくというものがある。まず収益機会を妨害せず、会社にとってメリットがあり、アカデミアコミュニティが興味を持てる、そういう夢のあるシード研究を探す(難しいのは、アカデミアコミュニティにとって興味を持つネタと、産業界にとって興味を持つネタというのは異なる点にある。両立する研究を探すのは難しい)。次にノウハウを積み上げていくことで競争優位性を高める。最後に他社も参入させることで活発な市場形成を狙う。最高である。
ただここで問題となるのは、そうした夢のある論文を出すとそこがゴール地点になってしまい、その後の製品化までの気力が燃え尽きてしまう点にある。競争が激しすぎてトップ会議に通すだけでも異常に根気と気力を使ってしまう昨今である。しかし製品化という文脈だと、論文を投稿するというのは山登りで言うと二合目か三合目あたりで、そこからさらに頂上まで登る必要がある。シード時点では面白いが、その後の製品化までの数年間を外部発表なしにひたむきに研究を続けられる研究者というのは、そんなに多くないのではないか、という肌感がある。ただそれで製品化まで漕ぎ着く例もあるにはあるので、まあ不可能ではないとは思う。
しかし子育てと両立するのは、無理である。無理。まともに育児にコミットしようとすると無理。パートナーに全てをぶん投げるか、育児放棄をすればできるとは思うが、それは子育てをしたということにはならないだろう。なぜ無理かと言うと、一日は24時間だからである。AI for Scienceの劇的な進展によって一日が36時間になれば可能になるだろう。
その一方で、論文を諦める代わりに、製品化と子育てを両立することは、難しいが可能である。製品化にとって課題となる研究のみ注力でき、トップ論文に通せるレベルのネタを探さなくて良いためである。製品化のための課題研究というのはアカデミアコミュニティにはそこまで興味を持たれない場合が多く、だいたいは新規性なしで弾かれるか、せいぜいワークショップ止まりになるような案件が多いが、別にそれは簡単であることを意味しない(なんというか、アカデミアだとこの問題は既に解決済み!という空気感だが、産業界では、え、全然解決しとらんのやけど笑、みたいな話が多い)。むずいのだが、とはいえ上記のような本来秘匿しなければならないネタを秘匿しつつ公開するというゲームをする必要がなくなるのは嬉しいことである。
製品化を諦める代わりに、論文と子育てを両立することも、難しいが可能である。これに関してはそこまで反対する人は多くないと思われる。大体の人は論文を書く代わりに、製品化は他の人に委託するというチームプレイで解決している。しかし以前も話した通り、ある程度は全部やったほうが製品化の成功率は上がる。ただ3つ同時に達成することは不可能なので、そこらへんはある程度の妥協が必要になってくるだろう。
何事も完璧を目指すのは難しい。社会はえ、みんなやっていますよ?そういうインフラも充実してきたし、みたいな顔をして待ち受けているように見える、が、無理なものは無理なのでおとなしく諦めることが肝要である。そもそもワークライフバランスという言葉自体が砂上の楼閣なのである。頑張れる範囲で頑張るしかない。コッカラッス!